生体防御学では、2010年に世界に先駆けて報告した新しい免疫細胞、”2型自然リンパ球(Group 2 innate lymphoid cell: ILC2)”に着目した研究を行っています。
自然免疫系の細胞であるILC2はT細胞とは異なり抗原認識機構を介さずに活性化し、多量の2型サイトカインを産生することで寄生虫排除を担う一方、アレルギー病態に深く関与することが明らかとなりました。その後の研究から、ILC2は、脂肪組織、肺、腸、皮膚、骨髄、脳、筋肉など全身の様々な組織に存在し、アレルギー性炎症の惹起以外にも、肥満や線維症などの慢性炎症やリウマチなどの自己免疫性疾患の病態にも関わることが見いだされ、世界的に脚光を浴びている細胞であり、近年では、これらの疾患においてILC2を標的とした臨床研究・創薬開発に注目が寄せられています。当研究室では、ILC2の基礎的な機能解析から病態発症機構、治療法開発まで一貫して行うことで多様な疾患の理解につなげたいと思っています。
ILC2の分化機構、転写制御機構、
活性化・抑制機構、サイトカイン応答機構の解明
ILC2は他のリンパ球と同様にリンパ球共通前駆細胞から分化しますが、T細胞やB細胞とは異なり体内を循環せず、脂肪組織や肺、腸管、皮膚など末梢組織に常在する性質を持つILC2の分化経路は不明でありました。当研究室では、ILC2、さらにはその前駆細胞がすでに胎生期に脂肪組織、肺、腸管などの末梢組織に存在することを見出し、また、末梢組織においてILC2の分化を支持するストローマ細胞を同定したことからILC2が末梢組織で分化することを明らかにしました。さらに、ILC2分化制御する分子機序の研究も精力的に行われており、様々な転写因子の関与が報告されてきました。当研究室では、転写因子GATA3がILC2の分化に極めて重要であることを見出したことから、現在、細胞生物学および分子生物学的アプローチによりILC2分化機構の全貌解明を目指し、研究を行っています。
成熟したILC2は他の免疫細胞の成熟マーカーや抗原認識受容体を発現せず、傷害を受けた上皮細胞から放出されるIL-25やIL-33などのサイトカインに強く応答し、IL-5やIL-13などの2型サイトカインを多量に産生することで2型免疫応答を引き起こします。IL-25やIL-33以外にも、IL-2やIL-9がオートクラインで作用し、自身の増殖を誘導すること、IL-4がILC2の初期の活性化に寄与すること、TSLPがILC2のステロイド抵抗性を獲得させるなど様々なサイトカインがILC2の活性化を制御することがわかってきました。さらに、近年では、サイトカイン以外にも脂質、神経ペプチド、ホルモンなどといった環境因子によってもILC2の活性化が制御されていることが明らかとなり、ILC2が周りの環境に応じて機能していることが考えられています。ILC2が環境因子に反応するという知見は、これまで経験的に分かっていてもメカニズムが明らかになっていなかった様々な病態の理解につながると期待されています。たとえば、喘息は急激な温度変化や日内リズムに大きな影響を受けますし、アトピー性皮膚炎はストレスによって悪化することがよく知られています。これまで知られてきた獲得免疫系細胞による抗原-抗体反応に依存した考え方では、これらの症状を理解することはできませんでしたが、環境因子に影響を受けるILC2を起点に考えることで、これらの現象に科学的根拠を与える事ができるのではないかと期待されています。
アレルギーではILC2を抑制することが重要であることが明らかになってきたことから、ILC2の抑制メカニズムの研究も重要です。これまでにIFNγやIL-27がILC2の活性を強力に抑制することを報告しています。また、これらのILC2の活性化および抑制機構の分子メカニズムには、転写因子による転写制御のほかにマイクロRNA、mRNAの安定性や翻訳などの転写後制御機構の関与を明らかにしてきました。そこで、当研究室は、ILC2活性化・抑制機構そしてサイトカイン応答機構の分子メカニズムを多角的に明らかにしようと試みています。
ILC2の2型応答を制御する因子
アレルギー性疾患の病態解明および新規治療法開発
アレルギー性疾患はアレルゲンに対して特異的なT細胞が引き起こす過剰な免疫応答に起因していると考えられてきたことから、これまでのアレルギー研究のほとんどがT細胞に焦点を当てて行われてきました。実際に、ダニや花粉などがT細胞を活性化する抗原を含んでいることが知られています。前述したとおり、我々はストレス、大気汚染、寒冷などの環境因子がアレルギーの原因となることを経験的に知っています。これらはT細胞が認識できる抗原が存在しないため、アレルギー病態は、抗原に依存しない免疫反応によっても誘導されることが考えられますが、その実態は不明のままでありました。しかしながら、ILC2の発見により、アレルギー研究においてこれまでの概念を覆すブレイクスルーがもたらされ、アレルギー病態の理解が一気に加速しました。それは、T細胞のような抗原認識受容体を持たないILC2が、抗原に非特異的な免疫応答を介してアレルギーの発症および増悪に寄与していることが明らかとなったことです。
ダニ抗原や花粉は、プロテアーゼを持ち、この酵素によって上皮細胞に障害を与えます。上皮細胞の核内にはIL-33が蓄えられており、損傷を引き金にIL-33が細胞外に放出されます。ILC2は、放出されたIL-33に応答し、IL-5、IL-13を産生することで好酸球浸潤および杯細胞からのムチン産生誘導を介しアレルギー症状を引き起こします。さらに、当研究室では、ILC2によるアレルギー病態の発症機序に加え、ステロイドが効かない重症喘息病態においても、ILC2が重要な役割を担っていることを明らかにしました。重症喘息病態では、ILC2がIL-33に加え、TSLPの刺激を受けることでステロイド存在下でもアレルギー症状を引き起こすことを明らかにし、ステロイド抵抗性の重症喘息病態を解明するとともに、ILC2を抑制することでステロイド抵抗性の重症喘息病態を緩和できることを見出しました。このことは、重症喘息においてILC2が治療の標的となることを示唆しており、これまでにない新たな治療法の確立につながることが考えられます。ヒト研究においても、ゲノムワイド関連解析(GWAS)によって、喘息やアトピー性皮膚炎に関連する遺伝子が特定され、そこにはIL-33やTSLPといったILC2の活性化にかかわる遺伝子が含まれていたことからもヒトのアレルギー性疾患においてILC2を標的とした臨床研究に注目が寄せられています。また、IL-33とTSLPによるILC2のステロイド獲得機構は、アレルギー以外のILC2関連疾患の悪化にも寄与している可能性が示唆されています。当研究室では、プロテアーゼ抗原のみならず、ストレス、大気汚染、寒冷などの環境因子によって増悪する気管支喘息の病態解明を試みています。また、アトピー性皮膚炎においてもILC2の関与を見出しており、食物アレルギー、アレルギー性食道炎、花粉症、金属アレルギーなどのアレルギー性疾患全般の病態を対象とし、ILC2に着目することでそれらの病態解明を試みるとともに、マウスモデルからヒト検体を用いたILC2の機能を阻害する化合物のスクリーニングを行うことでILC2を標的としたアレルギー性疾患の新規治療法の確立を目指した研究も進行しています。さらに、当研究室では挑戦的な研究も試みており、これまでアレルギー体質といった科学的根拠がなかった現象をILC2に着目することによりその獲得メカニズムを解明する試みや幼少期のアトピー性皮膚炎が成人期の食物アレルギーや気管支喘息を引き起こす“アレルギーマーチ“の形成メカニズムの解明を目指し研究を行っています。
ILC2による抗原認識を介さないアレルギー反応
アレルギー性疾患以外の免疫疾患
および寄生虫や真菌による感染症の病態解明
これまでの研究からILC2は、アレルギー性疾患のみならず肥満や糖尿病などの代謝疾患、クローン病や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患、関節リウマチや多発性硬化症などの自己免疫疾患、アルツハイマーや特発性間質性肺炎、子宮内膜症など様々な免疫疾患への関与が明らかとなってきています。興味深いことにILC2の抑制機構を欠損するマウスでは、肺におけるILC2の恒常的な活性化が見られ、指定難病となっている特発性間質性肺炎が自然発症することが明らかになっています。また、ILC2のいないマウスでは、高脂肪食を与えても一切肥満を起こさないことも明らかになっています。ILC2はIL-5やIL-13のみならず、様々なサイトカインを産生することが明らかとなってきており、これらの病態への関与は、ILC2が産生するサイトカインが深く関与していることが考えられていますが、未だその詳細なメカニズムは不明な点が多く残されています。当研究室では、これらのILC2が関与する免疫疾患にも焦点を当てて、病態メカニズムの解明、さらにはILC2が治療の標的となりうるかを検証することで新規治療法の開発へとつながる研究を行っています。特に、炎症性腸疾患、アルツハイマーや特発性間質性肺炎は、現状では根治を実現できる治療法や治療薬が存在していないため、ILC2という新たな視点からアプローチすることで実現できることが期待できます。
ILC2がアレルギー性疾患をはじめ、様々な免疫疾患に寄与していることが明らかとなってきていますが、ILC2は、生体にとって悪さばかりをしているわけではありません。本来、ILC2は寄生虫感染防御反応に重要な役割を担っています。ILC2が産生する2型サイトカインを介し、生体内に侵入してきた巨大な寄生虫に対し、好酸球を誘導することで寄生虫を弱らせ、そして、ムチンなどの粘液産生を誘導し、生体内から排除します。さらに、真菌やインフルエンザによる感染症においても、重要な役割を持つこともわかってきています。そこで、当研究室では、これらの感染症を克服するため、寄生虫、真菌、インフルエンザに対するILC2の防御反応機序の解明を試みています。
ILC2の関与が示唆されている疾患
アレルギー性疾患
- 気管支喘息
- 食物アレルギー
- 結膜炎
- 花粉症
- アトピー性皮膚炎
- アレルギー性食道炎
- 副鼻腔炎
- 中耳炎
感染症
- 寄生虫感染
- 真菌感染
- インフルエンザ感染
代謝疾患
- 肥満
- 糖尿病
自己免疫疾患、その他
- 類天疱瘡
- 潰瘍性大腸炎
- 多発性硬化症
- クローン病
- アルツハイマー
- 関節リウマチ
- セリアック病
- 特発性間質性肺炎